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Entries by tag: life

経済学で頑張る事は何かあるか?
karino2
関心という点では経済の方が高い気がする今日この頃。
院に行ってドクターとってもいいくらいはやる気がある。
でもドクター取って何しよう?というのがさっぱり無い。とりあえず取って見てもいいかもしれないが。
研究したい事は探せそうな気もするんだが、研究者になりたいか?と言われると微妙だなぁ。
政策とかを経済学の立場から評価して人々に伝えるような事がやりたい気がする。クルーグマンのブログをもっと仕事でやるような感じの日本版かなぁ。

自分としては論文上で勝負をするよりも大衆に向けて何かをしたいと思う。ただそれだと有象無象の、私の嫌いなエコノミストと同じな気もする。

なんとなくここは一番検討してみる価値のある場所かもしれない。
これまではアウトプットの欲求は特に無かったのでそういう方面を調べては来なかったが
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ブログラマとして何か頑張る物はあるか?
karino2
仮に力一杯がんばる何かを持つべき、と結論づけたとしよう。
それではその何かとはなんだろう?

自分の中で今候補になりそうなのはプログラマと経済学かな。
まずは以前一生懸命だったプログラムを考えてみよう。

自分はどうもウェブには関心が持てない。よってウェブのサービスは無いかなぁ、と思う。
どちらかと言えばガジェットが好きなのでAndroidとかはいいかもしれない。でもこれは逆に、自分は何か現状に大きな不満は持って無いんだよなぁ。むしろ手書きの端末としてはGalaxyNoteは結構完成に近いんじゃ無いか?と期待している。
その上で使いたいアプリもレイヤーペイントで結構満足だし。だからあまり自分がやるべき事は無い。

いろいろと治したいと思うのはE-inkデバイスで、これは以前、結構考えた。これはアリかもしれない。ただ、キンドルを見てるとかなりの体力のある会社じゃないといいとのは作れないかなぁ、と思う。自分は自由にいじれるプラットフォームが好きなのだけれども、この2つの条件をどう満たしたらいいのかi-river はがんばってくれそう。

純粋にソフトウェアならPowerShellかSingularityがいいなぁ、と思っていたが、PowerShellは既に出来てるので今更何かやることがあるような気はしない。Singularityは今はどうなったんだろね?熱くなれる趣味としては良さそうだが、動かすターゲットがなぁ。Spec#は好きなんだが
なんにせよこの辺はもう一回MSに入る事になるが、それは拘束時間が長過ぎる気もする。
たまに長期の旅に出たりが出来なくなってしまう。旅に飽きるまで旅したあとならアリかもしれんが。ただこの辺やるならガジェット系の方がいいかなぁ。

あとさっぱり知らないけど3Dのムービーとかを作るのには興味がある。それは調べてみる価値はあるかもしれない。

ソフトウェアなら割と一人でも出来るというかその他の事とのバランスもとりやすいのだが、一方でガジェット系の方が関心が高いかなぁ。

こうしてみると、三年前よりは候補はあるかも。
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楽しい事、困難な事、チャレンジ
karino2
持論として、嫌な事を避けすぎると楽しい物も無くなってしまう、というのがある。
だから私は、嫌な事を避けるよりも楽しい事を追う方にフォーカスする事にしている。
また、何かを努力して達成するのも結構好きだ。最初から楽しいものより、がんばってみると大きな楽しみが待っている方が好きだと思う。

ただ学生の頃、研究職を志していた時に、ストイックになりすぎだなぁ、と感じた事があった。
それ以来、努力する事自体が目的、という風には、ならないようにしたいと思っている。
例えばわたしの趣味の一つに水泳がある。週二〜三回行く。基本的には短距離のタイム重視。
でも、あまりこのタイムを突き詰め過ぎるのはどうかなぁ、と思っている。特定のタイムを切る為にたまにエスカレートしてしまうこともあるけれど、基本的にはプールに行くのが辛い、と思うまでは追求しない事にしている。

そんなこんなでふと気づくと、私の生活には本気で頑張る、という事がなくなってしまった気がする。
新しい言葉を覚えるのや、小難しい数学とかはそれなりに頑張りはするけれど、限界まで頑張る、という事は無い。
でもそれっていいのかな?

ただ、そうだからといって意味もなく水泳の目標タイムを辛くなるように上げる、というのは、なんか違う気がする。
半Frで二十八秒切りたい!とかが先にあるなら分かるが。今のところそういう思いは無い(三十秒の時はあったが)

水泳以外はどうか?
旅なんて、別に一生懸命じゃなくても出来る。むしろ一生懸命にやるよりものんびりやる方が楽しい。モンハンとかも別に力いっぱいやらんでも楽しい、というより力いっぱいやり過ぎるとゲームはあんまし楽しくないんだよな。昔対戦格闘を力一杯やってた事があるので、その時の経験。真面目にやる方が楽しいが全力だと行き過ぎてしまう事がある。
ギターとか趣味の経済学とかを力いっぱいやる、というのもなんだか奇妙な気がする。

ようするに何か為したい事が無い場合、何かをやる理由というのは自分が楽しむ為のもので、それだから限界まで頑張るというのは奇妙な気がするんだよなぁ。

Avalonなんかは割と力いっぱい頑張ってた感はあるんだよね。
その以前はどうだったか?その前もそれなりに仕事は力いっぱい頑張っていた感じはある
それ以前ば学生なのでこれは研究職目指して頑張っていたなぁ。

会社辞めた頃は、今後は仕事はぼちぼち飯食う程度でいいか、と思った。
まぁ頑張っていろいろやるのは若いのにでも任せておいて、自分は今後は好きな事をやっていこう、と。
むしろ仕事ばかりしていたらおじいさんになってしまい、生涯インドや中東、南米に行かないという人生を恐れた。

その判断はおおむね良かったと思っている。でも力いっぱい頑張るものが全て無くなってしまった、というのは行き過ぎかな?そこは良く分からない。別にいいような気がしていたのだが、最近は本当にそうだろうか?と感じる事がちょくちょくある。
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暫定的な今後の予定
karino2
今回の話はここをもう一度考えてみたい、という事で始まっている。だから暫定という書き方をした。もう一度考える前に今はどう思っているのか、という事を軽く述べる。

とりあえず世界を回るのはそろそろ中断する気だった。最長であと一年半、最短ですでに終わっている、くらいに考えている。

で、その後はバイクを買って日本を回りながらプログラムの仕事をしようと思っていた。
プログラムは金を稼ぐ手段。日本国内なら必要ならその日のうちにでも東京には出てこられるので、相手を選べば仕事は出来ると思っている(その位のコネはある)

バイクでの旅は一度インドでやってみた所なかなか楽しく、日本でもやってみたいなぁ、と思った。また、日本はそのうちじっくりと回ってみたいとは以前から思っている(既にちょこちょこ国内旅行もしているけれど)。
国内を回るには発展途上国にくらべてお金がかかるし、三年位働いていないとそろそろ多少は働いてやってもいいか、という気がしないでもない(弱気)ので、軽く仕事はとるか、と考えていた。

ちなみに日本を回って満足した後はヨーロッパあたりで多少真面目に働こうかなぁ、と思っている。
シェンジェン条約的にも一度はあのへんで腰を落ち着けて回りを回りたい、というのもある。
また、ヨーロッパはそれなりにいろいろな所で、旅行も仕事もしたが、その時の印象としては、観光よりも生活する方が楽しいなぁ、と思った。だから一度は住んでみたい。
物価の問題で働く必要はあるし、生活してる感を出すにも働くのは悪くないかなぁ、と思っている。

後者は四十くらいになった時の事なので今は後回しでいいが、今回もう一度考えてみたい、と思っているのは前者。
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実際に旅はどうだったか?
karino2
実際に海外にいたのは1.5年という所。
半年の旅と一年の旅の二回。
現時点ではもう一回、一年半位の旅に出るつもりなのだが国際情勢的な理由で行けないかも。
そのへんの細かい話はここではおいとく。

旅はとても良かった。もう一度三年前に戻ったらやっぱり会社を辞めて同じような所を回ると思う。
三十代の前半は、まぁこれの為に生きていた、といって概ね間違いは無いし後悔も無い。

旅先での生活というのは以前も書いた気がするけれど、ようするに普通の観光半分、普通の生活半分、という所。普通の生活では本を読んだりダベったりしてた。
自分は引越しが好きなのだが手続きが面倒、と思っている。
だから気が向いたら他の町に行って通常の暮らしをする、というのは理想に近い暮らしだったりする。

また、知らない物へのチャレンジという点でなかなか刺激的でもあった。
初めての長い旅はそれ自体チャレンジだったし、知らない国でバイクを買ったり売ったりするのはいろいろな困難があったし、まったく知らない言葉を学んでコミュニケーションしていくのも、そこからいろいろな事が分かって面白い。インドのような特殊な国は長く居るだけでかなり過酷だったし。

ただ、飽きてきた、という要素はある。
仕事を辞めてからは二回行ったのだが、二回目は一回目と似た部分も多かった。
だからあまり一時期にまとめてくよりも、数年おきに行く方がいいなぁ、と思っている。
今回はあと一回中東を回ったら十分、と思っている。

慣れてきた、というのと同じ事でもあるが、もう長い旅は困難なチャレンジではなくなっている。実際に時間を作って旅立つことも出来る事は実証されているし、今から新しい言葉を一つ増やすのも、チャレンジというほどの物では無かろう。努力を要する部分はあっても、どうしたら良いのかわからない事は無い。

また、旅先の問題点のようなものも見えてきた。
荷物が増やせないので、スキャナとかが必要なケース、ようするに自炊が出来ずに困る。
また、旅先は一期一会過ぎるというか、何か長期間かけて話をするのが出来ない。いつも最初から説明しないといけないし。固定した友人と深く付き合わなくてはできない話も、結構あるものだなぁ、という事に気付かされた。もちろんいつも新しい良さもあるのだけれど。
やはり長く付き合っている友人とは良い物だ。
あと、出会う人に偏りがある、というか自分が好きなタイプの人間は少ない。例えば経済学が好きな人は極端に少ない(なんで!?)。何故か皆経済学に恨みを持っている感じ。
いろいろな人と出会うのが面白いのだが長く旅をしているといつも同じような奴とばかり会うなぁという気がしてくる。

長さでいくと半年から一年半くらいの間、がベストかなぁ、と思うようになった。

こういった事は実際に旅に出てみないと分からない事で、そういう事が知りたかった自分としてはここ三年の日々は非常に大切な宝物のように思っている。
ただ、今後の話では少し事情が違う。
三十代の後半における自分の人生の中心は、世界をバックパックして回ることか?という問には、三年前程はうなずけ無い。
どちらかといえば、たまに訪れるスパイス的な扱いの方が正しいんじゃないか?という気がしている。
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旅立ちに至るまで
karino2
自分は荷物が極めて少ないので定義によりバックパッカーでは無いのだけれど、やっている事はバックパックです。

社会人になるまでは旅行などにはほとんど関心が無かった。
だが、最初の職場がいろいろな事情で極めて出張が多く、しかも三ヶ月くらいの、それなりにまとまった期間の物が連続していた。一年の半分以上は日本に居なかった。
この経験はとても刺激になった。
知らない国の知らない文化を持つ人と仕事をするのはとても面白かった。
町も日本とは全然違う街並みで、マーケットの様子も自分には新しく、買うものも食べるものも見たこともないものばかり。
本当に毎日が楽しかった。

出張は仕事でいくものだ。これには良い面も悪い面もある。
悪い面から行くと、当然だが新しい物を見るのが目的ではなく、仕事をするのが本題となる。
そしてプログラマの仕事は、人と向き合わない時間がそれなりに必要だ。
せっかく知らない人が目の前にいるのにコードを書くのは、何かもったいない気がした。
しかも知らない町にいながら普段はビルの中。回りを探検するのは休憩を兼ねてのついでか週末だけだ。
また、出張は仕事がある地域にしか行けない。当時の仕事の内容だと、先進国に限られていた。数年すると、さしあたって行きたい先進国は行ってしまった。
また、仕事で行くので滞在期間の自由度が低い。具体的には仕事が終わってしまったりする。もっと長く居たいのに、、、という事もちらほら。
仕事の内容という点でも問題がある。当時、私は日本の会社に勤めていた。海外は、主に支社に滞在して仕事をするパターンが多かった。当時の状況としては、エンジニアとして興味深い案件は本社の方が多かった。支社にある案件はいつも似通っていて、何度かやったらもうやり方を覚えてしまった。厳しさは違うが火消しに近い。会社には価値があるんだろうが自分にはあまり価値が無かった。この仕事にあまり価値がなかった、というのが、出張よりもプログラマとしてのやりがいを追求しようと言う思いを育て転職するに至るのだが、それはまた別の話。

良い所に移ろう。
まず何か共同でやるべきことがある、というのは、ただ観光をするよりも深いコミュニケーションを必要とする。それはより文化の違いなどが理解出来て面白い。また成功した時の達成感もあるし、そういうのを知らない文化の人と共有していき、だんだんと仲間になっていくのは、面白い。
また、給料が出る。当たり前だが。
そしてバックパッカーよりも、より生活を楽しめる。自分は知らない所で新しい生活をする、というのが好きなので、その点では出張の方がいい。仕事の仲間というコミュニティがあって自分の存在が明確に役に立つ(本社へのパイプが太いからね)というのは、お金を払ってお客様をするのとは大分違った風景が見える。私はそちらの風景の方が好きだ。

そういう訳で自分の中では出張で行くのとバックパッカーとして行くのは一長一短。どちらがいいのかは未だに結論は出ていない。
なんにせよ、自分の旅好きの始まりは出張の日々だった。

働いていた時でも二週間から一ヶ月くらいの期間の休みを取って旅行には行っていた。短期で楽しそうな所はかなり回ったつもり。そろそろインドとか、長く滞在してみたい所が目に着く、という段になったので、会社を一旦辞めて長く時間をかけて回りたい所を回ろう、と思うようになっていった。
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たまにはAvalonの話でもしてみようか
karino2
私はAvalonという言葉に、その言葉が持つ意味以上の物をいろいろ持たせて使っています。
一度もそういう話をして来なかったので、ここでそういう話をしてみます。
以下は実際にAvalonとはなんだったのか、という話ではなくて、自分にとってAvalonとはなんだったのか、という話です。実際に語られた事ではなくて私の見た夢の話。

Avalonの話には、いつもそういう要素がついてまわる。何故なら実物はベイパーウェアだったから。実際はなんだったのかというなら、それで話はおしまい。

私はどいう夢を見たのか。
当時私はW3Cにまつわる色々なことに疲れていた。様々な企画が節操無く出てくるがその中身は有力な企業の個人的事情で、しかも政治的なかけひきばかりでさっぱり前に進んで行かない。
そうやってぐずついているのを尻目にフラッシュなどのプロプライエタリな物だけが世の中を進めているように見えた(昔の話です)
もう標準技術はうんざり。それよりも必要な物を作るべきだ、と思っていた時にでてきたのがXAML。htmlを終わらせて新しいマークアップの時代を始めよう。

そこでイメージしてたのはこれまでブラウザの中に閉じ込められていたウェブアプリを解放し、クライアントアプリとの垣根が無くなるような世界。
クライアントサイドは任せておけばよさそうだ。主戦場はそれとウェブの間のあたりになるんじゃないか。よし、そこを自分の戦場にしよう。そう思ってマイクロソフトに転職した。私が入ったチームはSharePoint。

SharePointは確かに主戦場になった。
だがそれは自分の期待した物とは大分違う形で、だ。

ウェブは復活した。
いや、最初から死んでなどいない。
ただ私が見放していただけだったのだ。
一方Avalonはいろいろとダメだった。
その対比は時と共にますます明らかになっていった。
私もだんだんも目を覚まして行った。

SharePointはウェブの時代においては重要な物であり、ちょうど自体の流れに乗る事になった。一気にブレイクした。
でもそれは、Avalonとはまったく関係が無かった。
Vistaが出て、.NETランタイムはアドイン扱いだった。Windows7が出て、みんな使いやすくなったと大喜び。我々はどうやら、戦いに敗れたようだ。

そしてPCの時代が終わった。
後に残ったのはAvalonの焼け野原。
自分の人生のそれなりの期間をかけた、祭りも終わった。
多くの仲間は次に進んだが、私も含め、すぐに次に移る気が起こらなかった人もそれなりに居た。
少し、プログラムの世界から離れようか、、、そう思った。
そこで会社を辞めて、兼ねてからやりたいと思った長期間のバックパックに出るという夢を実行に移す事にした。
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会社を辞めてもうすぐ三年
karino2
二十代をバリバリ働いていたら、三十になった頃にはそれなりの資産になっていました。
もう働かなくても大丈夫、という訳でも無いのですが、老後に関してはぼちぼちやっていけばもう平気かなぁ、という位のところまでは来ました。
ちょうどAvalonの終焉を確認する時期にも重なり、自分の働く目的も終わったので、一旦仕事を辞めて長い旅にでて見よう、と思ったのが三年前。
それからそれまで行ってなかった地域を中心にいろいろ回って来ました。

4年半くらいのキャッシュを持って会社を辞めたので、もう一年くらいは保つのですが、完全にキャッシュが尽きてしまってからでは仕事を選ぶ余裕すら無くなってしまいます。
そろそろ次の事を考え始める時期かなぁ。
その準備としてまずは、ここまでの話を振り返ってみよう。
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